不妊不育治療センター 医療法人明日香会 ASKAレディースクリニック

あすか通信 2003年夏号 Vol.2 8月発行

≪院長便り≫
 先日、ASKAの外来にも七夕用の笹が備えられました。とは言え、一週間の命であったためご覧になれなかったかたの方が多いことでしょう。
年中エアコンの効いた院内では季節感は「暑い」か「寒い」か二元的なものになり、そのうつろいは、悲しいかなリモコンの設定温度でしか感じることができません。
そんな折り、職員からの提案でクリニックの待合い室に備えられた「笹のは」にはひとときの「風流」にとどまらぬ、「癒し」までも感じていたのは私だけでしょうか。
 折しも「あすか会」発足前夜であり、患者の皆様の想いを寄せていただくには打ってつけではとの提案で、短冊もあわせて配ることことになりました。「あすか会」スタッフの方の手によりみごとな装飾も施され、ひとときの華やぎとなりました。
 この年になって短冊に願い事を込めるのにはやや抵抗がなくもありませんが、「ワラをも・・」ならぬ思いがあります。診察終了後、こっそり読ませてもらうとそこには「やはり」と言った想いが連ねられていました。今更ながら責任の重さを感じずにはおれませんでした。
帰り際、薄雲にけぶった夜空を見上げると、残念ながら天の川はおろか星一つも瞬いておりません。
梅雨の後先、銀河がもっとも輝きを増すこの時期でありながらなかなか姿を現さない主役には、織姫も彦星も気の毒だなどとつぶやきながら、「天の川」ならぬ「富雄川」を南下して帰途につきました。
 7月26日、「あすか会」の発足式ともいえる第一回の会合が執り行われました。ASKAに通院する患者さんによって自主運営される「あすか会」は、不妊治療で知り合った仲間たちが互いに共感し励まし合う会合や、クリニックが主催する不妊教室などの「一方向」な交流とは趣を異にした集まりとなりそうです。短冊に込められた「想い」と「顔の見える医療」を目指すASKAの「想い」とを繋ぐ「橋の礎(いしずえ)」が天の川に架けられました。これからの「あすか会」の活躍を願わずにはおれません。(院長)

≪スタッフ紹介≫
看護士 岩田直子
 八月に入りようやく夏らしい季節となってきました。皆さん、夏バテ、夏風邪などの体調管理は万全でしょうか?さて「あすか通信 夏号」今回のスタッフ紹介コーナーは、前回ご紹介いただきました私、培養士の末原和美が次のスタッフを紹介したいと思います。
同じ職場のスタッフを紹介するという事でかなり緊張しておりますが、今回ご紹介するのは、看護士の岩田直美さん。培養士と看護士では全く職種が違うのですが、医療の現場における豊富な経験と知識を持つ岩田さんは、いつも的確なアドバイスをくれ、私にとって頼れる先輩であり、良き相談者であり、いつも楽しい友人であります。性格を一言で言うと、「竹を割ったような」性格で、時にそのパワー溢れる仕事っぷりには男を感じさせる事もあります!(岩田さん、ごめんね・・)
しかし、キャラクターグッズが好きだったり、几帳面に院内を清掃する姿はとても女性らしく、「やっぱり白衣の天使だな」と、感心しています。ちなみに、彼女の好きな食べ物は鶏肉で、嫌いな食べ物はキュウリだそうです。(培養士:末原)

≪培養室便り≫
〜卵子のお話〜
 本日は、皆さんにとって身近でありながら、その正体がよくわからない「卵子」についてお話ししたいと思います。
卵子は18世紀末にクリクシャンという人によってその存在が最初に確認されました。卵子はヒトを構成する細胞の中で一番大きく、その直径は、100μm(1ミリの10分の1)もあるため肉眼的にも微小な点として確認することが出来ます。体外受精などで取り出される成熟した卵子は、拡散した顆粒膜細胞に取り囲まれ白く光って見えるため容易に確認でき、さらに注意して見ることで形態的な観察が可能です。
次に卵子の数についてですが、ヒトの卵巣には一体、どれほどの数が備わっているのでしょうか。カウンセリングをしていると「排卵誘発剤を使用すると卵子が早く無くなってしまうの?」という質問をよく受けます。ご安心下さい、そんなことはありません。ヒトの卵巣には胎児期に約700万個もの「卵子の元」があります。小児期では約30万個、思春期に達する頃には約4万個と減少してしまいますが、それでも充分過ぎる数なのです。ここで算数の問題です。初潮が12歳で閉経が51歳だとします。39年の間に毎月1個排卵が起こると考えると・・・。一生の間に39年間×12ヶ月=468個しか排卵しない計算となりますね。いかに卵子のストックが多いかが納得いただけたでしょうか?では差し引いた残りはどうなったかと言うと、自然の排卵周期では一度にたくさんの卵子が発育しますが、その過程でその中の一つだけが選択され、他は発育半ばにして消えてゆきます。つまり決勝戦を勝ち残った卵子だけが排卵することができ、もったいないことに、ここでも大部分は敗退してしまうのです。億単位の中から一匹だけが選ばれる精子の選別ほどではないにしても、卵子にも熾烈な競争があるのですね。実はこのように敗退していく卵子にも決勝に進むシード権を与える、それが排卵誘発剤なのです。途中で消えていってしまう卵子を「リクルート」するたのもしい救世主のおかげで、一度に複数の排卵を得ることができるのです。(培養士:栗原啓子)

≪おしえて!≫
〜黄体化非破裂卵胞〜
(Luteinized Unruptured Follicle;LUF)
 卵巣に形成された卵胞は、その成熟にともないエストロゲンの分泌を増やします。この上昇により下垂体からの黄体化ホルモン(LH)の分泌が促され(LHサージ)、卵胞壁が破れて中から卵子が放出される現象が「排卵」です。
 卵胞は、直径が約18〜20mmのサイズに育った状態が「成熟卵胞」と考えられます。この頃になるとエストロゲンの作用により子宮頚管からの粘液が増え子宮内膜はその厚みを増し、受精着床への準備が進みます。このようにして排卵を迎えるのですが、では排卵したかどうかは一体どのようにして判断するのでしょうか?まずその前にひとつ確認しておきましょう。
診察室における超音波検査(エコー)でモニター画面に映し出される「黒い袋」は、実は卵子そのものではありません。我々は内部に液体を貯留した「卵胞」を見ているだけであり、その中に存在しているであろう卵子は、極めて小さなもので、超音波では捉えることはできないのです。従って「排卵」といってもそれは、卵子が放出されたという「目撃証言」ではなく「現状証拠」から排卵が起こったであろう事を推測しているに他なりません。即ち排卵前のピンと張りつめた卵胞は、排卵後は形が崩れ消失したり逆に内部に血液が貯留し腫大します(これは出血黄体といいます)。また子宮の内膜は、排卵前の「リーフ状(葉っぱのように見える)」から白っぽい色調への変化が起こります。血液検査では黄体ホルモンの分泌がみられ、基礎体温は上昇します。また人によっては排卵痛と排卵出血を自覚する人もいます。このようにして排卵が起こったことの診断は総合的に行われるのです。ところが排卵したと思われても実際には、卵子が外に飛び出さない現象が知られています。エコーで観察すると排卵前と同じ大きさと色調を備えた黒い袋がそのまま残っているのが確認されます。基礎体温は上昇しているのに、排卵が起こっていない・・そんな不思議な現象「黄体化非破裂卵胞(LUF)」は決して珍しいことではないのです。
LUFについてはっきりした原因は、不明ですが、卵胞壁の破裂に関与するプロスタグランディンとの関連性が指摘されており、不妊原因の一つと考えられています。このような体質的、特発的な場合以外にも排卵誘発剤を用いた周期では、誰にでも起こりうる現象なのです。排卵誘発剤によって形成された複数の卵胞は、その発育が均一でないことも多いのですが、最初に成熟した卵胞(主席卵胞)に合わせてhCGの切り替えを行い排卵を促すため、成熟過程にある小さな卵胞は、排卵できずにそのまま残ることがあります。このような卵胞は、通常勢いを失いそのまま小さくなってゆきますが、なかには次の月経になってもホルモンを分泌し続けることがあり、新しい卵胞の発育に影響を及ぼし、排卵障害や不正出血の原因となり治療の妨げとなります。排卵誘発剤を大量に用いる体外受精の後は休止期間が必要なことや、実施する前の周期は排卵を抑えるためのホルモン剤を服用するのはこのような理由によるのです。LUFは排卵前後に超音波検査をすることでその存在が確認できます。またLUFが疑われた場合には次の月経中に診察を行い、卵胞の遺残が確認されればそれを裏付ける所見となります。もし排卵せずに卵が残ってしまったら、残念ですが次の一周期はお休みすることをお勧めします。(院長)

≪ナースキャップ≫
〜梅雨の愉しみ〜
 例年になく長い梅雨が、やっと明けようとしています。洗濯物も乾かなくて、どこか気分もジメジメしがちですが、朝晩は冷房要らずで、これも悪くはないかなと思っています。
 7月の初めの梅雨の中休みに、蛍を観に行きました。我が家では恒例となりつつあるのですが、去年まではタイミングが悪く、数匹ぐらいしか飛んでいませんでした。それでも家族で大喜びしていました。さて、今年はどのくらい、飛んでいるかな?期待に胸を膨らませながら、奈良市街から車で20分ほど走らせ、山間の田んぼの畦で、ゆっくり陽が落ちるのを待ちました。蛍もいいのですが、時間がゆっくり流れていくこのひと時もとても落ち着いて、いいものです。かえるの鳴き声と、時折吹く風が冷たくて、何となくいい匂いがして、心地いいのです。やがて、陽が沈むと草むらの合間に、1つ、2つ、3つ光るものが見えてきました。またひとつ!もう数え切れません。ハザードを点滅させてみると、それらが次々飛び始め、光の乱舞が始まりました。かえるの大合唱をバックに・・蛍はオスとメスが呼び合うために、光るのだそうです。ラブコールなんですね。何かがんばって!と応援したくなりますよね。ハザードに誘われてよって来る蛍に申し訳なくて、後は暗がりでそっと見ていました。つかの間、幻想的な世界を満喫しました。少しだけ、爽やかな気分を感じていただけたでしょうか。うっとうしい梅雨時も捨てたモンじゃないと思いませんか?(看護士:梶本)

≪あすか会掲示板≫
〜「子宝報告」私の不妊治療 その道のり〜
 みなさん初めまして。私は、ASKAでの3年間の不妊治療を経てこの度、結婚5年目にして妊娠することができました。今回「あすか会」の方よりご依頼を受け皆さんの参考になればと思い私の経験をお話することになりました。
 私は、23歳の時に結婚しましたが子供が欲しいと思い立ってから半年後に自然妊娠しました。でもこの時は健診にいくたびに「赤ちゃんが弱い」と言われ、結局7週で稽留流産。あまりのショックで病院で号泣してしまいました。ちょうどその頃、同じ時期に結婚した主人のいとこも妊娠。だんだんと大きくなるお腹を見ては、悲しくて辛くて、「なんで私だけ」って感じていました。
 そんななか早く欲しかったので病院に行くことに決めました。正直にすぐにできるって思っていたので軽い気持ちでの受診でした。でも検査の結果は、高プロラクチン血症と黄体機能不全と判明。早速、排卵誘発剤を用いたタイミング法の治療が始まりました。でも1年半たってもいっこうに妊娠しません。他に原因がなかったので、先生も首をかしげるぐらいでした。
自分でも「なんでなん!?」って生理がくるたびに、くやしくて悲しい思いを繰り返しました。卵巣が腫れたら妊娠の可能性大って聞いて、OHSSも我慢して期待しててもそれでも生理は来てしまう・・。「気分転換でもすれば、妊娠できるかも」って思い、仕事を始めても妊娠せず・・・。「治療を休憩したらできるかも」と期待すれば、今度は基礎体温はバラバラ。今まで薬と注射に頼ってた分、自分の力では排卵できない体になっていました。2,3ヵ月でようやく普通に戻ったものの、しばらく何も考えずにすごしました。でも今まで病院に通い詰めていたため、治療しなければ妊娠できないのではと不安に思うようになり、結局半年後に再開することにしました。
「今度はAIHでいこう」って決めました。しかし、平日は主人が7時前には家を出るので、朝に弱い主人の精子の状態は最悪。結局4回AIHしても妊娠せず、すっかり自己嫌悪に陥ってしまいました。「病院を変えようか・・もう諦めようか・・」って考えた時に、中山先生に出会いました。新しい先生が来るのなら転院した気持ちで行こうと思いました。中山先生は、いろんな質問に丁寧に答えてくれたので、何でも相談できました。その結果、今まで知らなかった事実にショック・・。
どうも右の卵管が子宮の後ろに癒着しているようなのです。つまり、右から排卵しても卵管采がキャッチできなければ排卵してても意味がないってこと。「どういうこと!?今までなんやったの?」って感じ。でも、手術してお腹を開けてみても、癒着を完全に戻すことはできないとも言われて絶望的な心境でした。前周期の卵が残っているからとその周期を見送ったり、あげ句には体外受精の話もでてきたりと、何度も泣きながら家に帰りました。でも「後悔はしたくない」との強い思いから、納得できるまで何度も受けていこうと思い、まずは子宮卵管造影から検査を受け直すことに。検査後にあたる最初の周期、運良く卵は左右両方に出来ていました。ところが祝日をはさんで受診したところ、すでに排卵は終わっていたのです。結局、AIHは見送りになりタイミング法に変更となりました。でもその結果なぜか「妊娠!」。先生も私もビックリ!AIHを6回しても妊娠できなかったのですごく不思議でした。体温も36.5台だったので、思わぬ「まさか」でした。
 こうして私の長かった不妊生活も一区切り、でも喜びもつかの間、妊娠してからも心配の連続です。絨毛膜下血腫による出血が起こり切迫流産の診断で入院することに。安静にする日々が続きました。5ヶ月になった今ようやく症状は落ち着き、はしもと産婦人科で健診を受けています。振り返ってみると、周囲は次々に妊娠し、大きなプレッシャーとなりました。友達の妊娠にも心から「おめでとう」って言えず、自分だけが取り残された気分になり、いつしか心の狭い人間になっていました。
これも今にして思うことですが、まさか自分が不妊症になるとは思わなかったため、子供のいない人たちを気づかないうちに傷つけていたかもしれません。事実私は自分の主人さえも傷つけていたのです。主人との夜の生活も赤ちゃんを授かるためのもの。たとえ仕事で疲れていても、承知で無理をいうこともありました。自分ひとりではどうすることもできない、だけどどうして協力してくれないのって、思って泣いた事もありました。赤ちゃんへの思いが強いのは自分だけだと思い、何度も喧嘩しました。でも、辛かったのは主人も同じだったのだって分かりました。会社の人たちには皆、子供がいるので、子供の話で盛り上がることがあっても主人は一人輪の中に入れなかったと思います。それでも、生理がくるたびに「しゃーない。次があるよ」って言って私を励ましてくれました。
不妊症を通じて私は色々なことを学ぶ機会を与えられたような気がします。自分の弱さ・人への思いやり・・・。でもなによりも分かったのは、主人の存在の大きさだったと思います。このことにもっとはやく気づいていたのなら、へんな言い方ですが不妊治療をもっと気楽に受けることができたでしょう。
たとえ子供に恵まれなかったとしても、主人との生活があれば一生を暮らしていけると不妊治療を通じて最後に思うことができたから、私の3年間は報われたと思います。私よりも上の段階の治療をしている人たちが聞かれれば、とっても偉そうなことに聞こえるかもしれません。「頑張って」って人から言われて、自分では頑張ってるけどなかなか妊娠なんかできないというのが事実。でも、だからといって後悔だけはしないで欲しいのです。人生を1度きり!後になって「あの時治療をしておけば」って思うんだったら、今からでも遅くはない!私自身も後悔することが何度もありました。だから、後悔だけはしないで自分の信じるように進んでください。辛いことがあっても嫌なことがあっても、きっとその分の幸せを赤ちゃんが運んでくると信じて・・・

〜第1回あすか会報告〜
 あすか会発足後、初の会合を7月26日(土)に開きました。あすか会の17名の方が参加されました。
初対面で最初はかなりの緊張の面持ちでしたが予定していた3時間はあっという間に過ぎました。中山先生も診察を終えて途中から参加して下さいました。中山先生のプライベートなことから治療に関する質問をして、笑いの中にも皆さんの真剣さと先生の熱意が伺えた時間でした。先生のお話やいろんな方の治療を伺っていると、同じ治療でも個人差があり、うまくいったりいかなかったりで、妊娠までの長い道のりはマニュアルどおりにはいかないんだなぁと改めて感じるものがありました。それぞれにつまづきながらも夫婦二人三脚で、時にはご主人様に八つ当たり?をしながらも頑張りを繰り返しをしてるんだなーとお互いに苦笑してしまう場面もありました。
そう、みなさん同じ思いでした。(笑)
もう少しざっくばらんにお話する時間が欲しかったですね。
今回は顔合わせが目的だったので、次回に向けてまた企画していきます。年3〜4回はこうした会合をひらきたいと思っています。今回都合の悪かった方、また参加するのに躊躇された方、次回は是非ご参加ください。あすか会で知り合った方々の更なる交流を目的にランチ会やお茶会等の遊びも企画していく予定です。病院に行くのも知っている人がいると話しに夢中になりなんだか病院に行っているという感覚を忘れで待ち時間も苦にならないし、通院がまた違った意味で楽しくなりますよ♪(H/N ぴぺ)

≪ASKAよりお知らせ≫
1. お盆明けより「人工授精の際の本人確認」をより厳密に行うことになりました。ご協力くださいませ。
2. 通院患者様の「保険証の確認」を定期的に行わせていただいております。月に1回、必ず保険証を持参してください。
3. 予約が取りにくい状況が続いております。ご迷惑をお掛けいたします。
・ 「当日予約」:すでに予約がいっぱいの場合お取りできないことがございます。
・ 「受診日指定」:医師により受診日を決められた場合でも、時間帯によってはお待ちいただくことがございます。「月経開始5日目まで」などと、指定されている場合には「月経開始」時点でのご予約をお願いいたします。

≪あすか会よりお知らせ≫
 あすか会は登録制となっています。登録ご希望の方は中山先生、もしくはあすか会までお申し出ください。
次回のあすか会の会合は11月を、あすか通信は秋号11月を予定しています。(あすか通信は当号よりあすか会にて編集いたします)ご意見、ご要望もあすか会へ〜

〒631-0001 奈良市北登美ヶ丘3-3-17 Phone:0742-51-7717お問い合わせ

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